ハラスメントの社会化って必要だよね。

パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなど、いろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を受けた際、その直後には個人の責任として自分自身が自責の念に駆られることがある。
児童虐待の現場に接していると、被虐待児は「自分が悪いことをしたから」、「悪い子どもだから」こんな目に遭うのだ。殴られるのだ、食べる事ができないのだ。虐待を受けている時には、この様に思う事もあると言う。時間が過ぎても、虐待の時が過ぎ去っても、受けた傷は過ぎ去らず、残る。これは、セクシャルハラスメントでも、パワーハラスメントでも近似する部分があり、身体的の傷は癒えても、精神的傷は癒えず、後年にわたって影響を及ぼす。
今回、この記事を書こうと思ったのは、私自身がこのところ酷いパワハラ、セクハラを受けたことを個人的な事柄としてだけでなく、社会の課題として記録に留めておきたいからでもある。

連合のハラスメントと暴力に関する実態調査(2017年11月)によると、職場でハラスメントを受けた、見聞きしたことがある人は5割半ばとなっている。複数回答可の集計であるが、パワハラが45%と最も多く、次いでセクハラが41%、ジェンダーハラスメントも25%にのぼる。マタハラは21%、ケアハラスメントは20%、SOGIハラスメントも14%。 ハラスメントについて「どこにも相談しなかった」人は41.7%に上り、相談しても親身に聞いてくれたが、具体的解決に至らなかったのと回答もある。
厚生労働省サイドからのデータはどうであろう。2017年3月に出された厚生労働省委託事業;職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社)を紐解くと、パワハラを受けたと感じたことがある者は、全体で平成 24 年度実態調査の 25.3%から 32.5%に上昇している。
日本的文化と刷り込みをされている「恥」の概念、自分さえ我慢すればうまく行くといった感覚もあるのか、誰にも相談しなかった割合も積極的に取り組んでいる企業で41.8%、殆ど取り組んでいない・全く取り組んでいない企業に至っては46.2%に上る。ここに前提としての「相談のしずらさ」が見え隠れするが、個人の課題ではなく、会社側の対応として、認知したにも関わらず「パワーハラスメントがあったともなかったとも判断せず、あいまいなままだった」が 65.3%(平成 24 年度実態調査では 57.7%)経験が組織的にも蓄積されている事も大きいだろう。

話しは変わるが、社会福祉士の基盤となる倫理観として、”すべての人間を、出自、人種、性別、年齢、身体的精神的状況、宗教的文化的背景、社会的地位、経済状況等の違いにかかわらず、かけがえのない存在として尊重”する事が求められる。また、同時に”差別、貧困、抑圧、排除、暴力、環境破壊などの無い、自由、平等、共生に基づく社会正義の実現”をめざし、貢献することが求められている。
職場内、職場外では、種々のハラスメントが実態として存在していることは、2つの調査結果からも明らかであり、”ただ見えな振り”をしていたり、”見ようとしないと見えない”課題でもある。一方で、前提としての知識不足であり、加害者がハラスメントとして認識していなかったり、ハラスメント行為が蔓延している土壌でのライフスタイルが染み込んでの思考パターン、行動様式になっている事も往々にして考えられる。その転換には、管理職だけの教育、形通りの教育ではなく、血肉となる部分まで涵養させてく必要があるだろう。それが成り、初めて”人が人であるだけで尊重される社会”の実現がされるのではないかと思いたい。

ハラスメントを受けた際に、個人の経験として受けめていく事も一つではあるが、それ以上に”ハラスメントを容認している”組織的、社会的な課題である。だって、ひとりでも”いわれなき傷つき”をされる方がいる限り、それはその人だけの課題ではなく、”明日はあなたが傷つく側に”なるかもしれないのだ。
その意味でも、当事者間のみの問題ではない。

あなたは、決して悪くない。